サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

パピコを半分こして食べてくれる人がいない人生に華やかさはありませんが愉しさはあります。

パピコの醍醐味は2本をひとりで食べることではない、

2人で半分こする、いっしょに食べるしあわせ時間だとおもいます。

ぼくだって、昔はいっしょに半分こしてくれる人いました。(必死)

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もう何年もひとりでいますが、誰かといることは奇跡的だったと理解した。

カンザキサツキ(ソロ充)です。

 

周囲の幸せを妬むことは無くなりました。

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SNSではリア充はとっとと帰ってくれないかスタイルです。

(家で二人でイチャイチャしてくれという気持ち)

自分はおとなしく、そっとパピコは半分冷凍庫に戻す程度です。

こういうときに、何故こんなに孤独感にとらわれてしまうのだろう。

 

きっとそれはいっしょに感動の共有ができない事だと理解する。

家にいると、声を発することがありません。

配信を始めたからだいぶ声を出していますが圧倒的にシーンとしてます。

 

こた(犬)はハンドジェスチャーで

「おいで」「お座り」「待て」「ハウス」ができます。

飼い主に似て物静かなので、我が家はいつもとても静かです。

 

残されたパピコの気持ちなんてないことはわかっています。

一緒に食べてやれなくてすまないとなぜ思ってしまうのでしょう。

対になっているものであれば、そうあるべきという固定概念が自分にもあるようです。

 

誰かと一対になるような人生はまだ希望はありますか?

この問いに関しては、Noと、思っています。

他人から言われる「モテるでしょう」「大丈夫だよ」「諦めないで」

の根拠のない無責任発言すら言わせる隙を与えたくない脅迫概念。

 

結果殺伐と生きていくしか手法を見いだせない不器用もんです。

「しごとをがんばる」

「めいわくをかけない」

「ながいきするな」

ゲームのコマンドがあればきっとこうだと思われます。

もしパピコを半分こして、エヘヘと笑っていい余裕ある人生なら、

「いっしょにきゅうけいしよう」

となるのかもしれません。

誰かが言ってくれるわけでもありませんし、甘えてる場合ではありません。

 

割と充実した生活を送っているように見られている様子です。

犬がいて、独り暮らしで、最低限ギリギリの暮らしを送っているだけです。

偏食で、よく食べるものが、好きなものが安上がりです。

 

もし、パピコを半分こしてくれる人がいたら・・・と。

あまいことは考えず、100円以下でスーパーで買えるパピコ、

1本50円の贅沢。

贅沢のはずが孤独にさいなまれ少し落ち込んでしまいました。

 

華やかに生きれたら、彩のある人生なら、最高に幸せだったのでしょう。

でも、出来ることなら今の自分の身の丈で幸せだな楽しいなと思うのは

「パピコっておいしいよね!」

「おいしいよね!おいしいよ!」

と共感してくれる友人、知人、趣味を共にする仲間が非常にたくさんいることです。

ささやかな幸せは愛犬との時間、家族との時間、

パピコっておいしいよね!?カンザキでした。

 

併せてよんでいただけたらうれしいです。

カラメル食べてくれる人がタイプです。

www.satukiblog.com

 

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