私事ですが、たぶんこの後の人生に華やかなことも喜ばしいこともないことでしょう。
我が残りの人生は血の繋がりのある家族と愛犬に捧ぐのみです。
さすればすんなりぼくは畳むつもりです。
悲しいことをいうなと言われることもありますが、ぼくの人生はぼくのもの。
カンザキサツキです。
ぼくは、祖母の住まいを変える決断をなるべく心の波を立てないよう、見守ることにした。
ぼくは毎晩予定がない限り祖母の家で転職後は食べるとしていました。
それはぼくの所得が低いから、ぼくがひとりだとめんどくさいやら自分に興味が無い境地で何も食べないから、祖母のことが心配だから、認知症対策等様々な理由がありました。
何より、ばあばちゃんのご飯は世界一です。
祖母に決断をさせたのは、友達で近所のいつも世話になってるおいちゃんが自宅で倒れ発見が遅く寝たきりになってしまったこと。
ぼくは大阪で生活を立て直す際17歳で飛び出しているし、いい大人だし、
祖母とも暮らさず、実家にも暮らしてない一人暮らし(犬と暮らしてます)です。
大変ありがたいことに祖母は歳の割に元気です。
バリバリにボランティアや習い事、旅行など忙しい毎日を送っています。
母もぼくも会社員で代わりのいない立場の人間。休むわけにも行きません。
何かあった時にすぐいけない。
そして、何かあった時に会社を休むことで仕事場にご迷惑をかけるからやめなさいというキャリアウーマンだった祖母の考えは受け継がれています。
祖母はせめて母が定年を迎えるまでは、現役を退くまではと、
自由に日々過ごしている祖母は窮屈な環境への転居を決意しました。
それはぼくたちにとっては毎朝電話をかけたり夜様子を見にいくという心配が減る、
夜にゆっくりと自分の時間が取れるものですが、
やっぱりぼくは、祖母のいる当たり前の毎日が無くなることに特別な悲しさや虚しさと気持ちは溢れてきます。
祖母の決意を無碍にしてはいけない。
とはいえ、自由にできる環境で、自由に家にも帰れる。
要は朝何かないか確認してもらえたり食事は時間になれば食べる場所に行けば良い。
お出かけや旅行で外出する際は声をかければ良い。
でも家でも良く家事をしよく動き、料理上手の祖母にとっては、きっとその環境は窮屈なものになるだろう。
(というかなるよ絶対。)
きっと一番さみしかったり受け止めれていないのはぼく自身です。
ご飯がとかじゃなくて、祖母という自分に帰れる場所、仕事や大人の自分を降ろせる場所がまた無くなる。
きっと夜、ぼくが帰るまでご飯を待っている祖母がいるから早く仕事を切り上げ帰る、ということも減るでしょう。
そして「あのね」と話せる相手がいなくなる、
何よりは祖母のことを看取るまで側にいようと決めての自分の人生の荷が少し軽くなってしまう錯覚。
「人生の店じまいや」
「隠居やな」
「自由に生きるわ」
と言う祖母が格好良買ったり、何か少し寂しそうだったり、
祖母の背中がまた小さく見えてしまったりする。
そしていつも以上にぼくに甘くて、ぼくに過保護で、大好きな祖母の優しすぎる姿に、なんともいえない気持ちやしんどさです、
しばらく気持ちの整理ができるまでぼーっとしているかもしれません、カンザキでした。
あわせて読んでいただけたら嬉しいです。