サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

幸せいっぱい腹いっぱいの我が家。腹いっぱい食べれなかった時代もありました。

今、自分は幸せいっぱい腹いっぱい、そうよく言うようになりました。

最初、母は「それ胸いっぱいやろー」と笑っていましたが、

家族みんながおなかいっぱい食べれることは幸せな事。

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お陰でたるみが気になるお年頃。

カンザキサツキです。

 

気がつけば、祖母も母も親戚も幸せいっぱい腹いっぱいと言うように。

それは多分ぼくが言いすぎてたかもしれない。

それは、幸せだという何よりの証拠。

平成に生きたぼくたち家族は、お腹いっぱい食べれない時代がありました。

全ては父のDV、別居、離婚のせいです。

 

そんなぼくたちを祖母が面倒を見てくれました。

 

最近だと我が家では「余は満足じゃ!」が流行ってます。

田舎に帰るといつもお米や野菜を送ってくれるおばさまにご飯をいつもご飯をしてあげてるのですが、こんなにしてもーて余は満足じゃ!と言った事が家族みんなのツボにハマりました。

豪華な食卓でもないのにこんなに笑顔で満足してくれることが嬉しかった。

 

祖母はきょうだいが多い中、戦前戦後を生きた人だから満足に食べれなかった人。

だからいつも食事はたんまり栄養バランスを考えて作ってくれていた。

母も、ぼくや姉のために我慢してぼくたちがお腹いっぱいになるようにしてくれた。

ぼくはそんな事知らずに思春期に飛び出した。

きっと母の苦労を知っていれば飛び出さなかったと思う。

だから、今なるべく祖母や母には美味しいものを食べて欲しいと思う。

 

やはり空腹が続けば心は貧しくなる。

高校生で家を飛び出したあと、お金がなくてバイトを掛け持ちしても2日おきにしかご飯が食べれなかったり、もやししか食べれなかったり、

健康を害して食べたくても食べれなくなったり、様々な要因があったけどやはり食べれないと心が貧しくなる。

 

最後にお付き合いしてた人は、飯など金がかかるから作るなら食べなければ遊びやスロットに使えるという思考の人だった。

当時は従っていたけど、今なら言える、それはぼくの価値観では違うと思うと。

心の健康も体の健康も、腹を満たすことはたいせつだ。

そしてぜひ、この食生活の価値観が合う人か見極めてから一緒にいるか決めて欲しいと思います。

 

食べなくてもある程度はしなない、最低限生きていける。

でも食べれないことは辛いこと。

それは今年、体を壊して満足に食事を今も今まで通り食べれない自分が体感してること。

ご飯が食べれるって、当たり前じゃなくて特別な幸せなことだと思う、カンザキでした。

 

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