タイトルに今回も全部埋まってる・・・って気がする。
親元を離れた17歳から、親の近くに戻ってくるまでの間、辛いこともあった。
むしろ辛いことの方が圧倒的に多い人生だったと思う。
ライフラインが止まることもあった。
ブラジャーを買うお金がなくてバンドエイド貼ってかぶれながら生きてたこともあった。
根暗なネガティブに見られがちですが自他共に認める、
「だいぶ生き方強くてたくましく前向き」な生き方です。
カンザキサツキです。
ふわっとした夢に挫折したり諦めたりを含め「夢」へのアクションをやり尽くした。
親も担任も「お金にならない」「そういう非現実な夢を持たない」と否定し尽くした、たくさんのやりたいことがあった。
幼少期から、ダンサーになりたい、役者になりたい、体や声で表現できるお仕事に就きたい気持ちが強かった。
むしろ今、こんなに撮影会にしがみつくようにここにいて良いのかという気持ちが非常に強い。
何もせずふわっとしれっと飛んでいくように消えて無くなるがいいのかなと思ったりしてるこの頃です。
この先の「上」というのはもう天井を必死に押さえてるだけで突き抜けることはないだろうと理解しています。
社会人として昇進や、教育、やりたい仕事と業務と業種を含む「希望」をやり尽くした。
ざっくり、店長になりたいとかマニュアルの狭間で自分の技量を試したいとか、売り上げを伸ばしたいとか、
育成をしたいとか、まだまだ上を目指せばハイブランドや大きなチームがあるのかもしれない。
でも、自分の納得できるランク、業務を成し遂げた気持ちが強い。
どれだけ忙しくても惰性と退屈な気持ちが消えない。
時間やお金を気にせず後先考えず好きに「生きる」事もやり尽くした。
かといって、貯金があるわけではない。
むしろ納付猶予の国民年金払い切って、一切ない。
ただ、稼いだ分全部遊びに使い倒して生活ヤバい!みたいなことも経験したし、我慢できないほど欲しいものもない。
贅沢のない質素な生活で十分幸せなのです。
残されたのは、この家に生まれた「義務」「責務」「当たり前」をやり尽くすこと。
よくブログで書いていますが、祖母や親を看取るまでの人生だと思って生きてます。
まじもののぼっちなので、家族がいないと誰も頼れる人もいない。
そうすれば自分のけじめを自分でつけれるうちに、と腹をくくりたいけど、括り切れてません。
早く腹を括ろう。
そして、その中で、残された自分ができることを可能性に賭けるとか不安定な基盤の上ではなく、安定したしっかりした基盤だね!いいね!と言っていただき使い込んでいただける年代物になっていこうと思います。
良くも悪くも濃密すぎる刺激的な人生を、多分人より送った来たと思います。
永遠に忙しくても暇を持て余してフラットに生きるしかできないカンザキでした。
何も波も風もないことは、幸せである。