サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

【自粛がぼくにもたらした事】ずっと続くことがない家族との毎日を大事に過ごしたい気持ちが何よりも変え難くなった。

こんな自分をこれまでもこれからも必要としてくれる家族にできる事すべてを、

ちゃんとやっていこうと思いました。

散々親不孝に10代で家を飛び出し、地元らしい場所に戻り暮らしています。

 

カンザキサツキです。

 

よく最近勘違いされるのは実家暮らしということ。

ぼくは一人暮らしです(愛犬と一緒に実家の近くで暮らしてます)

母の地元らしい、自分の生まれた場所らしいところに住むようになっても

前は仕事が昼から、帰りはほぼ終電というシフトの販売系だったので生活してる中で家族と会うことはあまりなかった。

家族は土日休み、ぼくは平日休み。

祖母の家で平日休みの夕方に行って一緒にご飯を食べてみたり、

土日の遅番シフトの日にたまに母に会うぐらいの感覚でした。

 

正直そのワンクッションがなかったら、今家族と面と向かってこんなにストレス少なく過ごしてないと思います。

 

コロナで自粛になるその前から祖母の入院や退院後のことで家族で過ごす週末が増えていた。

そして自粛になってからは、休日を祖母の家の花の世話や掃除、

祖母の今いる場所へ届け物を詰めたりすることを母と行う日が増えた。

結果、母と用事のある週末はだいたい一緒に過ごしていた。

そして愛犬とベランダでひなたぼっこしながら寝てしまっていることさえ幸せを感じてた。

 

何気ない毎日、当たり前との家族との時間がこんなに平和で穏やかで幸せだと、感じるのは遅すぎだのかもしれないです。

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そんななんでもない毎日が自分にとって特別でYouTubeに動画を上げ出したのも自粛あってのことです。

 

その休日を過ごす中でやっぱり垣間見える、年齢より遥かに若々しい母でも、年齢を感じる瞬間。

もっとぼくが若ければ見えてないふりをしていたけど、そうじゃない自分がそこにいて、

家族をもっと大事にしてくればよかった反省の気持ちが今まで以上にやってきていました。

  

母や家族とまったりと過ごす中でもっと家族と過ごしておくべきだなと思ったのは早く亡くなった祖父を思い出す時。

母の年齢は祖父に着実に近づいています。

ぼくの年齢も母が父を亡くした年齢に近づいてるということです。

 

母は働きづめで、もう自分の生活だけでいいのだからある程度ゆっくりしたら?と言っても真面目の極みなので仕事人間です。

本当はぼくに養えるだけけの技量があれば良いのですが、ポンコツすぎてどうしよう。

 

そんな母のバリバリ働いてる姿は尊敬してます。

自分がもし一人で二人の子供を育てる、なんて考えれません。

 

ただ、母が自分にとってただの母ちゃんの時間を自分は実はもっと欲していたのかもしれません。

 

何もしない、何も利益のない休日がイライラの原因だった自分が、何もないダラダラが当たり前になり、

逆に母と過ごさない休日がやってくることに少し寂しさがこみ上げてきました。

きっと母がどれだけ長生きをしてもあと50年も一緒に過ごす事はないでしょう。

でもぼくは後50年を生きるかもしれません。

 

この後の人生ひとりぼっちになる方が長いことに、なんとなく悲しみや、

今、母ちゃんと過ごせる、ばあばと過ごせる、親戚と過ごせる時間はお金で買えない、

何にも変えがたい心の財産につながることだという気持ちが固定されてしまいました。

 

家族のために生きよう、それしかないから、家族といる時間をもっともっと大事にしようとなり、

やっぱり家を飛び出し散々迷惑をかけたことの反省も消えませんが、

この後、ひとりぼっちになる自分の人生のためにも、たくさんの思い出を作って、

たくさん家族との時間を過ごすことを優先したいと思うから、そういう風にしていこうと思いました。

 

愛犬と過ごせる時間も、後どれぐらいあるだろうと思って毎日を大事にしたいけど、

愛犬は誰に似たのかドライな性格なので構って欲しい気持ちに応えてくれません。

ちょっと悲しいカンザキでした。

 

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