サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

車椅子で暮らしていたことがある人が書いてます。ちょっとの段差以上に怖くて痛いのは人の目でした。

タイトルで全てが終わってしまっているのは相変わらずなので、

タイトルを上手に書く方法は勉強しないといけませんね。

このブログ、趣味だからいいでしょ?って思わず、ちゃんと書けるようになるべきとは思っています。

思っているだけでなかなかの後回しですみません。

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二足歩行に進化しただけで、起き上がることもできない寝たきり生活を送っていたことがあります。

カンザキサツキです。

 

車椅子生活になるまでもかなりの時間を要したけど、今回は車椅子や杖で暮らしていた頃のことに絞って書いています。

周りからしたら「乗ればいいのに」かもしれません。

杖をつかないと転倒リスクが上がって危ないかもしれません、いや、危ないのです。

 

それは介護の資格を持っている自分は理屈でわかっています。

でも車椅子で暮らしていたので理屈じゃないことを知っています。

 

実際車椅子で暮らし、足に立派な装具をつけて杖をついていたぼくが

味わってきたしんどかったことを書いてみようと思います。

サポートする方、周囲の方にそういうことがあることを知って欲しい気持ちです。

 

車椅子に乗ると物理的に困ることは、自力で動くこと。

スイスイ動いているように見えて、手動の車椅子は手の力がたくさん必要です。

ぼくは筋肉が溶ける病気だったので、自力で動かすことがより大変だったのですが、

筋力が戻って、病院の廊下から出てすぐ絶望しました。

ちょっとの坂道、ただのアスファルト、すごくしんどいです。

 

普通に普段歩いていたら綺麗なタイルの道なんかも、絶望するほどお尻痛いです。

タイルとタイルの間に挟まったりすると最悪です。

 

バリアフリーに見えて実際車椅子で走れば、悪路であることをまだ世の中の人は知らないと思うのです。

 

公道で困っても助けてくれない人は多いけど見られることだけは多い。とにかく哀れみの目で見ないで欲しい。

きっと令和の時代は、ぼくが車椅子だった平成に比べスマートにサポートしてくれる人は多いと思います。

もちろん平成の時代でも、押してくれる人や、落とした小銭を拾ってくれる人はたまにいましたが、どうすることもできなくなったこともあります。

 

それでも、どうしても通院しないといけない時は気合を入れて入れまくって、

絶対に混まない時間を選んで早すぎるぐらい早めに出たり周囲に気を使っていたことを覚えています。

 

駅員さんも優しい人もいたり、めんどくさそうな人もいたりするけどお仕事だから助けてくれました。

 

一番辛いのは、そういう移動の時に車椅子に座ってると常に上から見られてる状態なので、

よくわかる、痛すぎる視線です。

偏見とか嫌悪の目ももちろん痛いです、痛いけど自分は自業自得でしたから仕方ないことと割り切れてましたが、

割り切れない時もありました。

よく涙を流しながら、手の豆の痛みにも耐えながらなるべくそこから早く帰るために必死でした。

 

二足歩行で歩いて普通に暮らしていたからこの姿を見られたくない気持ちで溢れる。

幸いにも自分は地元じゃない場所にいて、引っ越したばかりで仕事にも行けない状態です。

あまり知ってる人に会うことがありませんでした。

入院中は面会を一人を除いて拒絶していました。

周りも受け入れるまで時間がかかるかもしれません。

でも一番受け入れれないのは自分自身です。

 

それでも、迷惑をかけれない、動かないといけない、生きていかないといけない訳です。

気持ちを切り替えることができる過程はそんな簡単じゃない。

 

やっと気持ちが前に、外に向いて外に出て人の目が刺さるほど痛くて、そういうことを自分は経験しました。

 

実際、車椅子より杖や装具をつけて「変な歩き方」してる方が人の目が怖かった。

有難いことに、車椅子から歩行のための装具(サポート器具)をつけて杖を使って歩くようになった時のことです。

ぼくは久々に都会に友達と出かけました。

人は割とぼくを避けて通ります。なんでかな?って思っていました。

「病気が移るからから近づいちゃダメ」

と子供に小さな声で言っただろうはステレオで耳に入りました。

 

ぼくの病気は移る事はない・・・なんて誰にも見てわかるものではない。

でも本当に悲しかったです。

 

こけたら、知らない人に笑われました。

電車で優先席の近くに無意識に立っていたら怒鳴られたこともありました。

 

本当に心が痛かった。だからなるべく普通に見えるように食いしばってリハビリをしました。

 

なんでこんなことを書くのか、それは身近に車椅子の生活を勧められた人がいたから。

経験者にしかわからないことだと思います。

車椅子で楽勝!ヤッター!なんて思う人は誰もいないと思います。

 

受け入れないといけない心の葛藤は言い表せないものだと少し感じて欲しかったのです。

そして車椅子や補助具、杖を使って生きてる人に過剰に反応する人もまだ、います。

 

長く、気長に、なるべく一緒に、同じ目線を感じてくれる人が側にいたら、

だいぶ世界は変わると思うのです。

 

ちょっとの段差でこけたり、上がれなかったり、降りれなかったり、

そういうのは本当に移動中怖いものですが、それ以上に怖いものは自分の場合は人間でした。

 

変化に伴う人の視線の高さや、見られ方の違いは悪い意味で刺激的です。

偏見は無くならないし、大勢と少数だとこの国の人は大勢が正常という判断を本質的に下す人が多くて、優劣をつけたがる種族だとぼくは思ってる派です。

長くなりましたが、ぼくは受け入れれるまで側にずっといるつもりです。

 

まじで祖母のシルバーカーもそうだけど・・・

誰もが羨ましくなる超かっこいい車椅子とか、

ハイパーかっけえシルバーカー、

持ってるだけでお洒落度がUPする杖ができたらいいのになと思っているカンザキでした。

 

あわせて読んでいただけたら嬉しいです。

滝川部長は、ずっとカッコいい。

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夏に気をつけたい病気でもあります。

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