サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

映えない人生でいつも思っていること。いつになったら盛りとか映えの見栄の世界は終わるのかな。

日本人って見栄え、映え、盛り・・・好きですよね。

故に新しいものが好きで、飽きが早くて、っていう背景もありますよね。

 

盛って、見栄えが良くて、それを平成の最後あたりから映えっていうんですよね。

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自分の物量は変わらないし、質量も変わらないのにね。

背伸びしないで生きていた方が楽だよね。

カンザキサツキです。

 

見栄えは、手土産ぐらいでいいんじゃないかなって思う。

大阪で生活を再び始め、大阪の良いところは安くて見栄えがいいもの自慢をする人が多いこと。

送る人のため、自分じゃなく誰かのために見栄えがよかったり、美味しかったりするものを探す時間は自分も嫌いじゃない。

 

たまに探しすぎて悩みすぎて脳みそ沸騰しそうになる時もあるけど。

 

毎日必死に映えを努力してる人と、承認欲求の世界線にぼくはいなかったようです。

2次元の異性にしか興味がない自分にとって画面の中の出来事は大切だ。

でも、実際自分は、生きてるのは画面の中じゃないし、映えを頑張ってる人たちも実際は画面の外で生きている。

 

それを頑張っている姿をすごいなーと思いつつ、一緒にそういう方と時間を共有する時

「これは映えてないからダメ」

「これは修正しないとダメ」

そうやって、映えるものに修正を加えられた世界にぼくはいない。

映えないものは共有してた時間の記録から抹消される。

そして、映えないぼくはその人たちの存在からも消されてしまう。

 

ありのままあるがまま生きることをヨシとする人が少数になってしまったのだろうか。

SNSの普及で自慢できる、自己表現できる、事故発信をしやすい環境に世界に変わった。

その反面でデメリットをそうやって感じるようにもなった。

 

実際待ち合わせしたら別の人がやって来た、出会い厨と言われる世界であったものが

すぐそばにある世界になってしまった。

 

加工修正を施された先に、きっと間も無く仮想現実の自分を用いることができるような時代になるだろう。

でも、ぼくはやっぱりリアルでの関わり、リアルの温度のある世界、生きている世界を大事にしたいと思う。

 

映えない世界で胸を張って生きれないけど、無理やり折りたたみ式猫背を伸ばすつもりもない。

常にフラットな気持ちで、背伸びをせず、生きていきたい。

仕事柄、ハイヒールを履く時以外は地面と足の裏の接点がなるべく多い生き方をしていたい。

 

映えない世界で生きているから、尻尾をブンブン振る訳でも無く、思ったこと感じたこと、生きていることを記載していく程度のこのブログと変わらない日々だけど、

映える世界の人には勝手に消してもらえる世界なので、変わらず自分は自分を貫こうと思う。

 

折りたたみ式の猫背が伸びるのは、安心して実家や祖母の家で誰かがいる環境下のみの爆睡してる時ぐらいだと思うカンザキでした。

 

だから都会は苦手で、田舎が好きなのかもしれない。 

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