サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

いわゆる「自己肯定できない」ことを否定して肯定こそ正義にしないでいて欲しい気持ちを持って生きてます。

必死にどうにかしようという気持ちが、このブログを書いてる記事を見て察してる人も少なからずいる様子です。

大丈夫か気にかけてくれる方たち、すみません、ありがとうございます。

 

誰かに言われる言葉は他人からの評価、それは受け止めよう。

「でも・・・自信を持てる様にならないと褒めてくれる人に対して失礼だ」

という自分になろうとしたけど、ダメだなと思うこの頃。

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そっと自分の殻にこもります。

カンザキサツキです。

 

基本的に、仕事中以外は自信という核がない人間です。少しでも補うための何かを考えてはいます。

それでも誰かより優れている、絶対に誰にも負けないぞって言える自分のセールスポイントはないと思ってます。

見たくれの劣等感でほぼ埋め尽くされていて、あくまで少しだけ得意なことはあっても、

ただのカンザキサツキはそれで美味しい食っていけるほどの技術者ではありません。

 

普遍的に、自分のやってる仕事の中で「できる」ことは最低限のレベルをクリアしようという程度の努力はしているつもりですが、

努力は継続しないと意味がないだけじゃなく、継続努力の後の成果や結果があってこそ初めてなので、このループは続くのでしょう。

 

どうやったら自分を愛せるのかわかりません。代わりにお友達や周囲の人を好きでいたい気持ちで奮い立って生きています。

最低限の自分が死なないための課金はしています。

食べる、寝る、体調が悪い時は病院へ行く。

 

それ以外に、自分の愛せるポイントって全然なくて、むしろ楽しそうな人たちに混ざって良いのか罪悪感に駆られることがあります。

だいたいはみんなで一緒に写真を撮ろうというタイミングでそれを強く感じます。

「いいよー撮るよ!」

というのは、そういう気持ちも少し乗っていますが、みんなが楽しいとぼくが楽しい。

だから楽しいんだよ、気にしないでねって思ってます。

 

 

周りには何でもできるとか、褒められることもありますが、そういう時に感謝より先にごめんの気持ちが多いです。

それを口に出していた若い頃は、ごめんじゃないよ、ありがとうって言うんだよってよく言われてきました。

なので口だけは自然といつも「ありがとう」を口に出していても、心の中とイコールになっていないことが多いです。

なので、複雑な気持ちになるので顔が困っているのだと思います。

(よく困り顔だと言われます)

 

逆によく颯希って名前でカメラの前にいて、自信がある顔ができるな仕事できる人間だなと客観的に見てる自分がいます。

仕事をしている自分と私生活の自分の切り替えができているのだと思いますが、

写真に残っている人、颯希から知ってる人からすると、

「え?どうしたの?」という態度を取られます。

自信がなくて、臆病でビクビクしていて人前に出ること、目立つことを極端に嫌って生きています。

そういう自分とのギャップに人は去っていくばかりです。

本当の自分はここにいて、これなんだと知ってもらうことなく、去っていく人は多かったです。

 

もっと自信を持ちなは、自己肯定できない人たちにとってはだいぶキツい否定の一言です。

そうなれたら、苦労はしない。

 

ぼくにとってサツキでいる普段と、颯希っていう時間でいる仕事中と、

そのギャップを少しずつ埋めていく必要があると、ひとりで苦労してます。

華やかな世界は目立たないけど努力している最中なので、ゆっくり見守っていただけたら嬉しいです。

あるがまま、なすがままの自分の全てを愛して欲しいなんてわがままも言いません。

 

ただ、自己肯定できないぼくや、ぼく以外の同じ様に自分を肯定できない人たちは、

常に肯定したい、肯定しなきゃ、って思ってるけど、思わされてることもない訳ではないと思う時があります。

 

自信がない生き物でも、心の中には熱いモノ持ってたりすると思うカンザキでした。

 

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