誰かのせい、何かのせいにして言い訳する大人がある一定いることにしんどくなります。
他力本願とか、なすりつけて自分に責任がないような卑怯な大人にはなりたくないなと、
より強く思うようになりました。
今日も仕事です。
カンザキサツキです。
もう自分がどうするか、どう防ぐか、どう生きるか。どう尻を拭くかを決めて歩くしかない。
ぼくは家族にも友達にもリスクは負わせたくない。
防ぎ切れないかもしれないけど十二分に予防してかかってしまったら
仕方ないと言えるだけの基礎を組んでどんと構えてる。
自己都合に出かけてリスクが増した場合は、家族とそのあと決めた日数会わないなど決めたり、
会社や周囲とも、もし自分(や相手)が感染者や濃厚接触者になった場合の対応や
誰も責められない責めないよう下準備はしっかりしてる、つもりだ。
ハロウィンのせいだとかGO TOのせいだとかいうのを見かける。
まあSNSなんてものはそんなものだろうと思いそっと閉じる。
でも、誰が悪い、何が悪い、と言ったところで制限されているわけではない。
ぼくのように高齢者との日々の接触リスクがあって出かけない人間もいる。
GO TOを使って旅行に行く、お得に行くことでしかも観光地の方たちの生活が潤うアクションを起こすことだってそういう制度があって
最大にメリットを生かしていいことだと思ってる。納税者なら税の恩恵を受けていいと思う。
そうすることによってコロナによって生活が危ぶまれてる人たちが救われている事実がそこにあるのは、素晴らしいことだと思う。
それに対して過度の不安や煽りをする人たちが一番悪いと思います。
大事なのは自分の歩いてきた足跡と、その先での予期せぬトラブルの対処方法や、トラブルにならないための予防。
当然のことですけど、自分のミスを相手になすりつけたりすべきではない。
社会人をしているとたまにいる、
上のせい、取引先のせい、誰かのせいと言うだけでなく、きちんと対処して解決に向かうというのが当たり前で大事。
そしてそれを再び起こさないための再発予防。
それを日々組み込んでいくことが大事と考えています。
結果、ぼくは先に書いたように対処のための基礎を組んでいる状態です。
生活背景は人それぞれであります。
それぞれの中に、必ず誰かや何かと関わりを持たないと人は生きていくことはできません。
ぼくだって最低限誰とも関わりたくなくても、必然的に人間はそこらにいる。
会社に行けば少なくても人間はいる。
前の緊急時代宣言で成功したもの、失敗したもの両方を生かすしかないじゃない。
この後の予想はつかないけど、どの情報がどの予報が当たるかわからないけど、
でも冬の方が風邪を引くリスクがぼくは高くて、周りも風邪ひきをよく見る季節。
気をつけようと思います。
気をつけるべくは、誰かのせい、何かのせいと吐き出すニンゲンだと思うカンザキでした。
あわせて読んでいただけたら嬉しいです。