1年前の記事はこちらですよ〜みたいなのがはてなブログをやっていると定期的にやってきます。
定期更新してるこのブログだけですが、やってきます。
1年。あっという間だったけど変わらないのはコロナ禍ということ。
まだ続くと思っているけど、いつまで「新型」というのか疑問がある。
嫌なものが継続すると嫌悪に変わるんだなと思います。
カンザキサツキです。
以前以上に本業優先の人生に変わっていて、自粛必達は努力義務で引き続きの生活です。
定期的にこのブログでも書いていますが、仕事、家、仕事、実家、家、仕事、祖母の家が基本コースで疲弊しています。
昨年出かけたところ、会った人、大阪を出た回数を遡ると
大会に出るため東京に久々に行った以外で大阪を出たのは岡山に帰った1回のみ、
友達と会ったのは年間4人でした。
そんな生活を送ってます。
大会に出たからといって何かが保証されたり確約されるものではなく、次々に華やかな話題が出る人は努力をしているということを忘れてはいけない。
きっとこう書くと、「じゃあさっちゃんは努力してないんだね」って普通に言ってくる人が一定数いると想像できる、誰がいうかまで想像がつく程度です。
華やかな話題が続くから、順調というわけではなくそうあるべく皆様努力されてる。
そう書けばもっと言われる可能性はあるけど別にそれいいです。
見えないところでえげつない努力で片付かない努力してる人がたくさんいる直接肌から感じ知れたのは、自分がミスコンに出てよかったと思う一つです。
もっと大事なことは個人を否定する人が圧倒的にいないという、自分にとってレアな人を知ることができたということ。
自分のやりたいように、できるように、したいように努力を続けてパフォーマンスし続ける人たちがいることを知れた。
そしてそういう人は自分自身を肯定して、他人も肯定する大きな器を持ってる。
自分はそういうとこを見習いたいと強く思いました。
そんな天然記念物のような(褒めてます)人たちが実在することに感動しました。
すごいなって純粋に思いました。
そして自分が普段生きてる世界や人種や環境と違いすぎることも痛いほど知ることができたけど、自分の居場所じゃないことも自分がそ家に居ることを
望んでいないことも非常にシンプルに理解できました。
そしてこのきっかけ以降ミスコンの出場のお誘いをいただくことが何回かあったけど全てお断りました。
自分はそれが心地よくない。
でも、会社の椅子でデスクの上で仕事をするのも非常に心地よくないんですけどね。
それぞれがみんなすごい、どんな仕事であれ、仕事であれ、背景であれ格好いい人は格好いい。
仕事の大小に関わらず、「映え」に関わらず、
わざわざ投稿する必要の「有無」に関わらず、
ぼくはぼくでこれからも仕事に対して「責任」と「誇り」を持って生きていこうと
これからの先を歩いていこうと思うことができました。
それが1年続いているからすごいと思います。
自分にとってお仕事は映えでもなく、生きていく物理的な糧であることなので映えもいいねも関係がありません。
賃金をいただくための労働をこれからもしっかりしていこうという基礎がしっかり固まったいい土地を作るための準備ができたので歩いてよかったと思います。
歩みを止めず思考を止めずこれからも過ごしていく中での通過点の1つで終わってしまいましたが、生きていく何かの栄養分になっているのは確かです。
それでよかった、それがよかった。
何事もやらず後悔よりやってみようの好奇心と興味の強い人間だということも自分が知れてよかったと思います。
1年早いな!一歩ずつ着実に歩いていきたいと思いますカンザキでした。