我が家は、我が祖母は恵まれていると思う。
同時に、祖母の娘である母や叔母はよくやりすぎてると思うから、もっと自分の時間を持って欲しいと常に思っています。
叔母はケアマネ職だからプロ中のプロだし、
自分もヘルパー2級相当の初任者研修を持ってるし実務も病棟と介護施設で過去にあるのでなんとなく仕組みとか手法は知ってる。
そんな家庭環境です。カンザキサツキです。
介護や看護助手の勤務経験の中で見てきた中で、家族を見にじゃなくて看る家族がいるかいないかの違いは非常に多い。
今の自分の休日は自宅と祖母の家を少なくても2往復、多いと6往復ぐらいしています。
家族の状況、事情などは人それぞれだけど家族を看にきてる人がいるかいないかで、
心や体に作用する度合いは異なると感じてきました。
同じく、我が家の祖母が体調を崩して人の手を借りないといけないとき、我が家にはたくさんの手があったから回復を促せたということは大きいと思います。
それがあるかないかでも大きく違いますし勿論、身の回り品たちの充実も異なります。
お金だけをかけたからいいわけじゃなくて、介護にはたくさんの工夫が必要なのでお金じゃなくて時間が必要だったりするわけです。
失敗の連続は当たり前だし、相手は人なので何が起きるかわからないのでどっしり構えていいと思いますよ(経験上そう思います)
家族側と介護側と医療側3つ合わさって初めてケアなんだと強く感じます。
病院の先生と看護師さんは偉い。それ以外は偉くないっていう人は正直多い。それは仕方のないこと。
自分も介護側の人間だったので、物理的に痛い思いをしたこともあります。
ナース服と白衣の信頼と説得力はすごい。
自分達の年代は「患者様」だけど
祖父母の年代は「お医者様」だったことを理解しておかないといけないと思います。
かかりつけ医の先生が非常に長いお付き合いで家族全員お世話になってるので、大変事情を察して言葉添えしてくれるのは非常に助かってます。
介護職員=いい意味でも悪い意味でも世話してくる人という認識の祖母にとって、「さま」がつかないからすごい拒否があります。
本当に申し訳ないと思いながら、頭を下げるのはいつも家族です。
自分も職員時代によくそうされてました。頭下げないでください!って凄く言ってましたが、今、家族側の気持ちがわかります。
すぐ頭下げてご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません、本当にいつもありがとうございますって言っちゃう。
頑張りすぎないでと言われるのは、頑張って頑張って先に家族が燃え尽きそうになるからと気付きました。
よくなってほしい、元気になってほしい、安全に暮らしてほしい一心で動けば動くだけ仕事じゃなく気持ちでゴールがない状態で動いてる家族は疲れて行きます。
かけた時間で回復するとは限らないし、それ以上に元気になるかもしれない。
目に見えてる今日が元気でも明日はわからない状況だったりもする。
ぼくはある日「どなた?」と言われて一気に力が抜けました。
すぐ気持ちを切り替えて持ち直せるメンタルを持ってなかったら、多分潰れてたと思います。
「頑張りすぎないでください、私たちのお仕事ですから気にしないでください」
と言ってきたことを言われる立場になって、ああこういうことかと思いました。
仕事で結果を出すために努力することと、先が見えない毎日を模索していくことは大きく異なります。
終わりがない、ということはこういうことかと。
どれだけ本気を出しても、熱量を持っても、想いと同じ方向に向かないことの方が多い家族介護の中でゴールを遠くに作ることはやめた方が良いことを身をもって経験している最中です。
諦めるということは絶対にしてはいけないし、放っておいていいこともない。
どんなに拒絶されても絶対にこっちが折れたり異なる方向を向いてはいけない。
感情的になってはいけない、常に論理的に考え冷静にいないといけない。
非常に難しいことです。それが終わらず毎日常に休まらず停止せず繰り返します。
燃え尽きそうになったけど、持ち直さなきゃいけないのはだいぶ気力もいります。
一番心と体が辛いのは、自分じゃなくて介護が必要な本人だということを忘れてはいけないということを心に常に留めて関わって行きたいと思うカンザキでした。
自分だって、不本意に寝たきりだった程度だけどできたことができなくなる辛さは理解してる。