令和の時代だからこぞ、これだけは言いたいことでもある。
昭和前半生まれのばあば世代は当たり前に長男、長女と先に生まれた人が家を守る価値観がある。
なんなら男が優先だ。
その価値観が当たり前の時代だった人の価値観を崩せ、ぶち壊せとはは言わないけど、別に次女が女が家継いでもいいじゃないの!
という強い気持ちで今年も山の家に帰る時を迎えます。
ここが好きっていうことを知ってくれてる親戚がいるだけ自分は心強い。
カンザキサツキです。
都会だからとか、田舎だからとかそういう区切りではないと思う、「長」が付く人と「男」が優先されること。実際自分は「次」だからわからないけど自分はむず痒い。
自分はいつも「次」で「女」だ。見た目はどうであれ、それは事実だ。
だからこそ、いつも端っこだし、隅っこだし、次だし、なんなら最後だ。
葬式でも一番玄関側。
棺桶を持つこともなければ、見てるしかできない。
お茶を汲まないといけない。炊事場にいないといけない。
でしゃばるなという言葉を投げられかけたこともある。でもそれは自分じゃない人の価値観だから拒否も否定もしないでいいと思ってる。
自分はそういうのがだるいとか鬱陶しいとか、面倒臭いとか、対等に扱って欲しいと思ったこともあるけど
実際優先される親戚のお兄ちゃんや、自分の上にいる姉はどう思ってきたかずっと考えたこともなかった。
実際、自分の姉は山の家をどうしたいもないと思うし、帰ることも無くなった。そういうことだと思うから帰ろうとは自分から言わない。
でも何年か前に姉貴も一緒に帰った時、すごくすごく楽しかった。
継承順で言ったらという内容を抜いてほしい内容もある。自分は誰よりこの家を守りたい意志が強い人間です。
そして自己責任でちゃんと迷惑が後にかからないようにしたい。
それを家族の全員が納得してくれていても、親戚の中にはそう思わない人もいる。
かといって、思っているからと言って譲れとも言われないし、手をかけようともしない、非常に勝手な外野だと自分は思ってたりします。
順番的に母が継いで、姉が継ぐのが慣例なのか通例なのか、当たり前なのかもしれないけど
嫌ならいいんじゃないかなって自分はいつも言ってます。
自分が守っていきたいという気持ちがあることも家族みんな知ってくれてるし、お金がかかることも知ってるけど、
お金がかかるからこそ、拒否していいと思うんだな・・・。
何事も「長」「男」とつく人が仕切らなくていいようにならないですかね。まだ完全に取り切るには時代が進まないといけませんかね?
とはいえ、一部的なものだと思いますが、長男の嫁だからとか、長女だからとか、
そういうのがやっぱり自分が暮らしていると出てきます。
祖母の介護面とかも、別に「子供」「孫」だけで良くないかなって思う節があります。
めんどくさいなーって思うことは家のこと以外でも、家族にまつわることでも突然やってきます。
自分は割と家のことに足を突っ込んで口を挟んでいるから、なぜか長女さん?って言われます。
「次女です!」というと、じゃあ長女さんは・・・?と聞かれたりします。
姉貴をわざわざ机上にあげる必要どこにあるんでしょう?ないですよね・・・。と思うしハッキリ言います。
まだまだ難しいしきたりやら、ルールやら価値観がありますが否定はしないけど
今目の前にいる人が、どの順番に生まれたと知った途端一気に扱いが変わったりすることも減ってくれたらと感じることもあります。
それが自分がまだ未成年で圧倒的な子供だったらわかりますが、いい大人です。
次女はそんなに頼りないですか?
女はそんなに頼りないですか?
仕事の場面でも女じゃ・・・ということもいまだに多い古い価値観の業種にいますが、
くそどうでもいいレベルまで早くなって欲しいなと思うカンザキでした。
幸いにもこの春に会う親戚や知人は、ぼくはぼくで見てくれるどころか贔屓目の人ばかりなので甘やかされてることでしょう。