サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

祖父が都会で生きてきた名残をじわりと感じたりしているこの頃。

それはそれはある日のこととか、ある日のこと。

祖母のお引っ越し関連でバタバタしていた時のこととか、色々な場面で祖父の生きた名残を感じることがありました。

 

おじいちゃんとの思い出は小学校までですが、色褪せないのが思い出で、

ふと思い出せるような思い出がたくさんあるってことはおじいちゃんがたくさん自分達に時間をかけてくれてた何よりの証拠だと思います。

カンザキサツキです。

 

山の家に帰れば祖父が残した道具や家や服があるから、おじいちゃんの思い出に浸ることはできる。

自分の知っているおじいちゃんの全てがそこにある。

おしゃれで、テニスやってて、山の家が好きで、タオルをいつも巻いてた。

おほほ〜って笑う。

「です」、「ます」調で話す優しいおじいちゃん。

楽器を鳴らしたりカラオケをしたり音楽が大好きだったおじいちゃん。

 

山の家なら誰も怒らないからってやってたけどそれでもたまに怒られてたおじいちゃん。

そんな姿は全部山の家に帰れば思い出に浸ることができます。

 

祖母は祖父を今でも大事に想っているので遺品を大事に持ち歩いたり、飾ったりしています。

だいたい写真は毎日持ち歩いてるし、一緒に旅行した写真なんかは飾りまくられてるし、

大事にしていたものは今でも大事に保管してあったり、雑に取り扱われたりもしています。

 

引っ越しの準備をしている最中に、自分の知らない男物の時計が置物コレクションの中から発見されました。

 

ああ、これはきっとおじいちゃんの時計だろうなと察しがついたので、そっと詰めてあげましたが

自分は祖父がスーツ着て働いてるところの記憶があまりありません。

祖父は会社員でしたが、孫のために休みを取ってくれたりして会いにきてくれていたので、

いつもカジュアルな装いでいたのであまり自分の中には記憶がありません。

 

なのでこんなシンプルで格好いい時計を祖父がしていたことなど知らず、なんかグッと感じものがありました。

じいちゃんはSEIKO派だったようです。

ぼくもアナログ時計はSEIKO派です。間違いない。

 

祖父の名義になっていた電話の加入権が出てきて、初めて他人様に祖父の名前を伝えた時不思議な感覚になった。

また別記事に書こうと思いますが、祖母の家は物件全体でひかり電話に切り替えてる経緯があったのですが電話の加入権(というものが昔ありました)は祖父の名義でした。

電話回線の引越しの手続きで出てきた祖父の名義のもの。

 

自分の中で祖父は「おじいちゃん」であり、名前はもちろん知ってるし持ち物全てに名前を書く人だったので

祖父の遺したメジャーとか物差しは祖父の名前+物の名称で呼ばれてますが、

家族以外の他人様に祖父の名前をお伝えするとは思いませんでした。

 

なんかよくわからないけど、おじいちゃんはちゃんと大阪で都会で生きてきた大人の男だったんだなとじわじわっと何か込み上げてくるものがありました。

 

もちろん祖父は世帯主で家の長であったわけですが、自分にとっては父代わりでもあり正義の味方みたいな人だったので一人の大人の男として生きてきた祖父の痕跡というか足取りというか

ここで生きてましたよみたいな証が今になって出てくるとちょっと不思議ですね。

 

令和の時代に、祖父の生きてきた証明みたいなものを感じているこの頃です。

おじいちゃんの仏壇のすぐ隣でなんか不思議ですが、心があったかくなったりしてるカンザキでした。

 

じいちゃん、自分はちゃんと家を、家族を守れているでしょうか。

そしてやっぱり、愛し愛されてた祖父母の関係が羨ましくて自慢したくて仕方ない。

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