サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

急すぎる大切な人の危機的状況に何も言葉が湧いてこない自分の全部に腹が立ったときのこと。

7月の終わり、ずっと体調がすぐれなかった祖母がいわゆる危篤状態になる。

体調がよろしくない中でも年相応以上に元気すぎる感じだった。

まだこんなことになるなんて思ってなかったし少しは外出できてたぐらいのしんどいがこうなるには早すぎた。

 

確証もないのに祖母は100歳を目指せると思っていたから、ぽっかりしてる反面、

なんか何もかもを受け止めれなくて通常営業っていう不思議なところで日々を過ごしました。

 

ただ、今も24時間いつ電話がなるかわからないから安心して寝れません。

でも、ちゃんと4時間ぐらいはまとまって寝れていますカンザキサツキです。

 

週末、祖母の救急搬送。どうせコロナ禍で自分達は入れないだろうし、入院になって翌日手続きしに病院に行くことになるだろう、すぐ元気になるだろうで我が家はまとまっていた。

施設に入居した以上、施設の方が立ち合ってくれることになっていたので救急搬送が必要な際はお願いすることにしていました。

ましてや施設はコロナ感染拡大で立ち入り、面会禁止です。何かあったらお願いするしかありません。

 

2〜3日入院になるかなー?ぐらいの感覚でぼくは結構な通常営業の週末だった。

自分は通常営業でテレビを見てぼーっとしていました。

救急搬送が逼迫してるだけあってなかなかこない急救急車を待っている間にどんどん祖母はやばい状態になっていたようです。

家族が後で走ることはないだろうと通常営業のまま映画を見始めたら電話がなった。

 

きっと病院決まった連絡だろうというぐらいででたら、

今すぐ来てだった。本当にびっくりした。

 

祖母とこれが最後の面会になるかもしれない状況を全く受け止めきれなかった。

3回目の命の危険を目の前で見た。

コロナ禍で面会禁止が当たり前が病院の今の在り方なのに、まさかの救急病院なのに入れてもらえるということはつまりはそういうことです。

 

幸いにも他に救急で処置室にいる方がいなかったこともあって入れていただけたのもありますが、

病院で祖母はたくさんのものにつながっていました。

 

意識がぼんやりあったので、話しかけてもいいと言われたのですが

何といっていいかわからない。

いつも冷静な筈なのに、頭の中は割と真っ白でもないのに言葉が湧いてこない。

 

少し前に「ばあば死ぬかもしらん、長くない、だからトイレットペーパー買ってきてん」と謎な流れの電話の時にも

長くないに対して何もうまいこと言えなかった自分だけど、

今回はもっと何も出てこない。どうしよう。

 

ばあば!ばあばの好きな孫がきましたよ!ぐらいしか出てこない。それしかいえない。元気じゃない祖母を元気づける言葉が出てこない。

それは、祖母のしんどすぎる状況なのか、

それとも聞いてるバイタルから察することのできるヤバさなのか、

ばあばが「もうがんばられへんわ」と弱々しくいうからなのか、

自分の口から出てくるのは、ばあばの好きな孫がきましたよ!です。

 

頑張れというのも頑張りすぎて我慢し続けてきた祖母の姿も性格も良く知っているから言いたくない。

お家に帰ろうといっても、今は施設入居だからおうちではない。

治るものでもない。

あと3ヶ月で92歳になるのに、若いこともない。

 

自分の都合で「生きてほしい」「頑張ってほしい」をいうことは避けるべきなのかもしれない。

 

必死に考えて山の家に帰ろう!また一緒に山に帰ろう!が精一杯でした。

腹立たしいは、自分の大丈夫だろうという過剰評価と語彙力のなさと優しい言葉の不足です。

 

ばあばにつながった先では警告音が流れているぐらいなのにおててを振ってくれました。

それがぼくとばあばのさいごにはしたくない気持ちです。

 

コロナが憎いんじゃなくて、自分の不甲斐なさが憎いんだと改めて気付かされました。

自分もどこかで誰かや何かのせいにして目を背けてたところがある。

 

何気ない毎日でもありがとうの気持ちを忘れないで生きていこうと思っていても、

でききれていないこと、そして自分の器の小ささや不甲斐なさに腹が立ってる暇に何かできないかと考える力もない自分が感情論で嫌いです。

成長しないといけないなと思うべきなのかもしれません。

今は危ないところを乗り越えはしましたが、

今まで以上に自分は祖母のことで頭がいっぱいです。

 

後日談ですが、それでも救急車はこの第七波で早く来た方で、

偶然搬送先も早く決まって、搬送された病院の救急の当直の先生が循環器の専門医だったので重篤な心疾患の祖母の処置が適切で迅速だったからでした。

一つでもラッキーなことが欠けていたら間違いなく最期を搬送前に迎えていたことでしょうと言われました。

コロナ感染ではなく、コロナパニックで亡くなっている方、多いんじゃないかなと考えさせられました。カンザキでした。

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