サツログ。

独身こじらせ干物でオタク、社畜の狭間で撮られることを仕事にしながら田舎暮らしの夢見人、カンザキサツキ(颯希)の日々徒然とひとり人生の歩み。

セカンドオピニオンどころじゃなかったけど自分の体の異常をおかしいと思い続けてよかった。【その1】

珍しく、これはおかしい、やばいと思いセカンドオピニオンどころじゃなくいわゆるたらい回しを自ら選んだぼくの夏までの記録です。

 

胸が痛い

ご飯が食べれない

息切れが止まらない

息苦しくて眠れなくなる

倒れる

どうしようもない

までの過程の記録です。

 

あと2-3日遅ければ危なかったのは命でした。

カンザキサツキです。

 

祖母のことで駆け回っていた3月ごろから胸がたまに痛いことがあった。

いつもの肋間神経痛だろうと思っていました。

いつもの少し疲労とストレス蓄積だと思っていました。

しかしどうにもなんかしんどい。大して動いてないけど息切れする。

 

念のため病院にいったら疲れじゃないかな?と言われ終わりました。

確かに疲れてました。間違いないです。

 

春を迎え、突然母の心臓の手術が決まる。

このまま祖母と母が共にしんでしまったら…と思う毎日でした。

ほんとうに大変でした。

今も大変ですが、この時は先が見えない大変さがありました。

 

そんな中ずっと右胸の違和感があったり、息切れしたり、

まさかコロナ……と思いPCRやら抗原やら受けても陰性です。

陰性なんですが、どうにもなんかおかしい。

 

でも暇も余裕もないし、母ちゃんもばあばちゃんも命に関わる病気なんだから甘えてられん状況でした。

 

母の手術日が決まるころ、ご飯が食べれなくなる。胸が痛くて息苦しくて眠れない。

寝ていても息が詰まる感覚で目覚めることが増えました。

基本的に食欲がすごい自分ですが、水分を摂るにも胸が痛い。

ここで流石にやばいと思い病院に行くことを決意しました。

 

肋間神経痛ではなさそう、小さな気胸ができてるかもしれないと言われる。

いわゆる町のお医者さんに行ったので、

これ以上苦しくなったり痛くなったら整形外科か呼吸器内科をおすすめされましたました。

 

しかしその日の夜も次の日も涙が出るほど痛くて苦しくなるので言われた通り呼吸器内科へ行くことにしました。

地元でも評判の呼吸内科に行く、問診のみで間違いない!と言われ喘息の薬を出される。

ホクナリンテープなら家にまだあるんだけどなと思いながら、しばらく貼って過ごしてみることになりました。

特に聴診器を当てられずレントゲンも撮らず、症状を聞いただけでわかるそうです。

医者がそこまで言うなら喘息なのでしょう。

 

手足が震えるから嫌いなホクナリンテープをがんばって貼り続けること4日、よくなる兆しもなくご飯が食べれず体重はどんどん減っていくばかりでした。

 

整形外科なのかもしれないと思えど、ヒビや疲労骨折を含め骨折の痛みは慣れてる自分は

よく知っているのでストレスなのかもしれないと諦めることにしました。

 

自分は割とというレベルじゃなくだいぶと我慢強く痛みにも強いタイプの人間です。

なので病院に行くことも限界までないのですが、ここまで病院にいったり涙が溢れるほどつらい状況は久々です。

 

長くなりそうなので記事を分けたいと思います。

続きはまたあした。

とにかく、休めと言われても休めない状況の時は仕方ないけど、

なるべく横になる努力は大事と書いておきます。

カンザキでした。

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